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島崎さん。ありがとう。



この番組「大人のJazz time」を30年近くもパーソナリティーを務められていた
私の大切な大切なパートナーであり、先輩であり、仕事仲間であり、
まるで自分の本当のお爺ちゃんのような
大好きな島崎保彦が天国へと旅立たれました。


4/27-28の放送の番組でみなさまにお伝えしてから時間がたってしまいました。
私は、どうしても実感がわかなくて、信じられなくて、
いつものようにラジオ日本のスタジオに出かけたら、
マイクを挟んでの向こう側の席には島崎さんが座っているような気がしてならなくて、
ここにこうやって言葉にするのに、時間がかかりました。

(全国のリスナーの皆様は、突然のお知らせにびっくりされたと思います。
Facebook、Twitter、Instagramなどに、たくさんのコメントを頂き、
本当にどうもありがとうございます。
放送からしばらく経っても、お返事する事、島崎さんの事を言葉に出来ずにごめんなさい。
私自身、島崎さんへの想いがいっぱいありすぎて、
何と言葉にしていいかわからず、とても一言二言では言葉に出来ず、
こちらに想いを綴る事で、皆さんのお返事とさせて頂けたら幸いです。)












島崎さんのアシスタントDJになったのは、2017年9月から(そのときのブログ

改めて考えてみると、島崎さんと出会ってから、まだ2年も経っていなかったんですね。
たった1年7ヶ月という短い時間でしたが、
毎週毎週、島崎さんと顔を合わせてこの番組をやってきた時間。
たくさんの楽しい想い出で溢れかえっていて、
もっともっと長い時間、島崎さんと一緒に居た気がしています。


島崎さんと初めて会った時の事はよく覚えてます。
番組が始まる前、別日に島崎さんの会社に会いに行きました。


初めてお会いした島崎さんは、まず、なんだかちょっと怖そう。
しかも、思った事をズケズケ〜ッと口にするし、、、、(笑)
内心、とてもびくびくしながらお話しが始まったのすが、

。。5分と経たず、

「この人は、とても魅力的な人だな。」
と思っている自分がいました。
最初に思っていた印象なんて、ひっくり返って、どこかに飛んでいってました。
すっかり魅了されながら、楽しくおしゃべりし、お互いどんな人生を送ってきたか
(私に関しては経歴のようなこと)を話しました。
リスナーの皆さんならよくわかると思いますが、
島崎さんのユーモアある考え方や、ド肝を抜く発言の数々、枠に囚われない発想。
そこには、しっかり自分があってブレない。
私はそうゆう人にとても魅力を感じます。
この番組が始まってからのおしゃべりも
島崎さんが次どんな事を言うのか、、、、いつも楽しみにしていました。
だからこそ、この番組も30年続く長者番組になったんだと思っています。









そんな島崎さんと
毎週ヴィンテージのレコードを聴く日々が始まりました。



阿里耶さんとバトンタッチの日。




初めての放送の時。
とても緊張しました。
島崎さんに引っ張ってもらってたくさん助けて頂きました。
ドキドキしながらも楽しかったのを覚えてます。





気合い入りすぎて、かなり早く到着した時かな。







島崎さんと自撮り。
顔コワイです笑





種子島の軟水をPRして下さった
ゲストのみさおさんと。





かわいー笑顔。




akikoさんとチャイチーの歌ってる曲を
ラブレターでかけて下さいました!





島崎さんに帽子被せてみたら、
とてもお似合い!
ボス感。













音響の朝倉さんと
ディレクターの太田さんと
チーム オトジャズ!!







この写真はなんだか好きです。







いつもの風景。





島崎さんとニマーッ!







時々休憩で一緒にスタジオで軽食とります。
そんな時は、島崎さんの奥様の愛妻お惣菜を
いつも分けてもらってました。
この日は、インゲンの胡麻和え!
茹で加減が絶妙でシャキッシャキなんです!
いつも私まで本当に馳走さまでした。





まだ自撮りに慣れてませんね。







こんな風に向かい合っていつも
番組をお送りしてました。





ご飯を食べるときも向か合って。
机ごちゃごちゃ。





撮りますよーって言うと
スタンバッてくれてました。






虫眼鏡でいつもレコード見てましたね。



Ella&Louisがラブレターでした!





島崎さんの大好物のカマンベールチーズとハムサンド!と奥様のお総菜。
この日は、アスパラマヨかな?





父、中村誠一をゲストに呼んで下さった時の。
三人でトークも楽しかった!







エルビスも
ラブレターで結構流れましたね。







サッチモ特集!!






一生懸命、リサーチ中。





危険な関係。




こうやってみると
二人でたくさん写真撮りました。




ピチェヴォもラブレターでかけて下さいました!



結構、写真に慣れてきた島崎さん。





最初は、島崎さんと向かい合うとちょっと緊張してたけど、
最後の方は、何とも言えない安心感に包まれてました。






いつも、難しい英語の意味や発音を教えて下さった島崎さんの英語の先生!
翻訳家のウレマンさんを、ゲストに招いた時。






番組が始まる前の準備。









ラブレターのレコード二枚持ち。










それから、
島崎さんの船にも一度お邪魔しました。





船を操縦する島崎船長!



船長と!!




船の中、
「デビュー」という意味のある
素敵なお花をいただきました。
すごく嬉しかった。






船の中に、、、







お世話になったクルーの皆様と。








思い出がたくさん。
たくさんです。







最後の約1ヶ月、島崎さんは、入院されてましたが、
病院を一時抜け出して、スタジオに駆けつけ、「よーしやるぞ!」
と番組を続けてました。
原稿を読みながらの1時間の番組、
集中力と体力を使うので、、、お身体の事を考えたら、とても大変な事だったと思います。
誰にでもできることじゃないです。お身体が弱っても尚、
島崎さんは、最後の最後まで頑張っていらっしゃいました。
そのお姿を目の前で見ていた私が、一番よくわかります。
それでも、いつものようにうまくいかない事もあったと思います。

でも、島崎さん。圧倒です。
力を振り絞って収録されていたお姿、私は、絶対、絶対に忘れません。



私は、最高にかっこいい島崎さんの
パートナーになれた事、心から光栄に思います。



本当にたくさんのことを教えて頂きました。
何より、楽しかった。
本当に楽しかったな。
まだまだ島崎さんと一緒にこの番組を続けていきたかった。
まだまだ島崎さんのびっくりする経験談や戦争の話や、種子島の話、聴きたかった。
そして、JAZZレコードを聴きいて、二人であーでもないこーでもないって言いたかったな。




でもね、そんな事言ってたら島崎さんに怒られちゃいますね。



この熱いバトンは、ちゃんと受けとります。
島崎さんのようにはいかないかもしれませんが、
この番組を継いで頑張っていきます。
古き良きジャズの良さを島崎さんが教えてくれたように、
私なりに、楽しんで頂けるような番組になるよう頑張ります!!


今までと同じではないかもしれません。
でも、変わらず大切にし続けることは、わかっているつもりです。
まだまだ、パーソナリティーとしては半人前で、
お聴き苦しいところもあるかもしれませんが
試行錯誤、努力していきますので、
もし良かったらどうぞこれからもよろしくお願い致します。


















島崎さん。

ありがとう。






心から感謝を込めて。




2019年5月  紗理




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1件のコメント

  1. 紗理さん、こんにちは
    島崎さんの、写真、いっぱい、ありがとうございます。
    ラジオ「オトナのジャズタイム」は、MDに、録音していました。
    時々、島崎さんの声を聞いています。
    ジャズを好きに、なった、きっかけは、島崎さんの、お話でした。
    島崎さんのこと、忘れません。
    紗理さん、これからも、「オトナのジャズタイム」を、よろしくお願いします。

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